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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23139号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金一〇八万六七八八円及びこれに対する平成五年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自、金一一五八万七四三八円及びこれに対する平成五年一二月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1 原告は、不動産の売買、仲介、賃貸及び管理等を目的とする株式会社であり、被告鈴木茂(以下、「被告茂」という。)は、鈴木建築の名で、建物建築請負業を営む者、被告甲野太郎(以下、「被告太郎」という。)は、第一東京弁護士会に所属する弁護士である。

2 原告は、もと一筆の土地であった別紙物件目録一及び三の土地を購入し、これを分筆のうえ、各土地を敷地として、同目録二及び四の建物を新築分譲することを計画し、平成三年三月一六日、卓立建設株式会社との間で、右建物二棟の建築工事請負契約を締結した。

3 被告茂は、被告太郎を訴訟代理人として、平成四年二月一二日、原告に対し、卓立建設に代位して、同社の原告に対する請負残代金債権を被保全権利として、原告所有の別紙物件目録一記載の土地(以下、「本件土地」という。)に対する仮差押を当裁判所に申請し(当裁判所同年(ヨ)第七四八号事件)、同月一七日、同旨の仮差押決定を得たうえ、同月一九日、本件土地について、仮差押登記を経由して、これを執行した(以下、「本件仮差押」という。)。

4 被告茂は、被告太郎を訴訟代理人として、平成四年三月二日、原告に対し、卓立建設に代位して、本件仮差押の被保全権利である同社の原告に対する請負残代金を請求する本案訴訟を提起したが(当裁判所同年(ワ)第三一二三号事件)、当裁判所は、平成五年三月一一日、請求棄却の判決を言い渡し、右判決は、控訴期間の経過により確定した。

5 原告は、当裁判所に対し、本件仮差押について異議を申し立て(当裁判所平成四年(モ)第一六六〇六号事件)、当裁判所は、平成五年三月二九日、本件仮差押決定を取り消して、被告茂の本件仮差押命令申立てを却下する旨の決定をなし、右決定は、確定した。

6 原告は、平成五年四月六日、右仮差押取消決定に基づき、本件土地についての前記仮差押登記の抹消登記を経由した。

二  原告の主張

1 一般に、事業用の不動産に対する仮差押決定を取得しようとする者(債権者)は、仮差押決定とその旨の登記によって、所有者が不当な損害を被らないように配慮し、殊に、申立書や疎明書類に虚偽事実を記載することにより、実体に反した決定を取得しないよう注意すべきであり、かつ、仮差押決定を取得した後も、これに反する客観的な証拠が発見された場合には、速やかに、その執行を取り消して、所有者の損害を拡大させないよう注意すべき義務があり、また、右債権者を代理した弁護士は、債権者をして、右のような実体に反した仮差押決定を取得させたり、執行取消を怠らせないように注意すべき義務を負うところ、被告らには、右各注意義務を怠った過失がある。

2 原告は、被告らが行った本件仮差押により、次の損害を被った。

(一) 原告は、本件土地の購入代金として、一〇六九万六四〇〇円を支払い、また、本件建物の新築工事請負代金として、三一二三万五三〇〇円を支払った。

本件土地、建物は、事業用に開発されたものであるところ、原告は、本件仮差押のために、本件建物の完成引渡を受けた平成四年三月三一日の翌日から、本件仮差押登記の抹消登記手続を経由した平成五年四月六日までの三七一日間、本件土地、建物を一般に分譲することができず、この間、前記三一二三万五三〇〇円に対する資金運用を妨げられたことになり、これを、民法所定の年五分の割合により計算した一五八万七四三八円の損害を被った。

(二) 原告は、本件土地、建物を、当初、二八二〇万円で売却することを予定しており、かつ、右金額での売却は、本件建物の引渡を受けた平成四年三月三一日の時点では、客観的にも容易であったが、その後、約一年間にわたって、処分を禁止され、その後も、仮差押登記の痕跡が残った「傷物」の物件となったため、本件土地、建物の価額は、著しく下落しこれによって、原告は、少なくとも、一〇〇〇万円の損害を被った。

3 よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、各自、一一五八万七四三八円及びこれに対する不法行為の後である平成五年一二月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告らの主張

1 本件仮差押の申請に際し、被告らが、当然なすべき注意義務を怠り、故意または過失によって、虚偽記載をなした事実はなく、仮差押決定取得後の執行取消義務についても、原告の援用する甲第八号証(合意書)をもって、本件仮差押が違法であることの客観的証拠とすることはできず、判決によってその真正が認められるまでは、被告らに、訴訟手続外で、任意に本件仮差押の執行取消をなすべきいわれはない。

2 原告は、本件仮差押によって、本件土地、建物を分譲することができなかったため、建物の新築工事請負代金三一二三万五三〇〇円の回収ができず、その資金運用が妨げられたので、これを民事法定利率で計算した金額が損害であると主張するが、右請負代金額は、二棟分の代金であって、うち一棟については、敷地の仮差押もなされず、平成四年六月九日に売却されており、被告らには、なぜ、この建物の請負代金が損害の基礎とされるのか理解できないし、また、分譲代金の資金運用を当然の前提として、民事法定利率によって損害額を算出する法理も聞知したことがない。

3 更に、原告は、本件仮差押のため、約一年間にわたって、処分を禁止され、その後、仮差押登記の痕跡が残った「傷物」の物件となったため、本件土地、建物の価額が著しく下落したと主張するが、処分が禁止され云々については、右2の問題であるはずであり、また、本件土地、建物の価額が著しく下落したのは、正に、いわゆるバブル崩壊によるものである。

四  争点

1 被告らの行った本件仮差押が不法行為となるか

2 原告の損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 当事者間に争いのない事実《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(当時の商号は、「株式会社バラード」)は、もと一筆の土地であった本件土地と目録三の土地を購入し、これを分筆のうえ、各土地を敷地として、目録二の建物(以下、「本件建物」という。)及び目録四の建物を新築分譲することを計画し、平成三年三月一六日、卓立建設との間で、請負代金額三一〇〇万円、完成引渡期日を同年八月三〇日として、右建物二棟の建築工事請負契約を締結したが、卓立建設は、更に、これを株式会社マスダ建築事務所に、マスダ建築事務所は、同年三月二九日、請負代金二五一一万円で、被告茂に、被告茂は、荒木建築に、荒木建築は、渡辺工務店にそれぞれ下請けさせた。

(二) ところが、約定の期日を大幅に過ぎても、卓立建設が、本件建物及び目録四の建物を完成して引き渡さなかったため、原告は、平成三年一一月二七日、卓立建設との間で、右建物二棟の建築工事請負契約を合意解除し、原告から、卓立建設に対し、請負代金のうち、出来高に相応する一八〇九万円が既に支払済みであることを相互に確認のうえ、未完成建物の引渡を受け、同年一二月一〇日、その残工事を、請負代金一三一四万五三〇〇円で、丸善土地開発株式会社に請け負わせた。

(三) 一方、被告茂は、マスダ建築事務所が倒産したため、平成三年八月二五日、卓立建設及び渡辺工務店との間で、卓立建設は、残工事を、直接渡辺工務店に請け負わせるとともに、被告茂に対し、五五〇万円を支払う旨を合意したが、卓立建設は、支払期限を経過しても、なかなか支払をせず、その理由として、同年一〇月九日の時点で、発注者である原告が、融資総量規制等の問題で銀行借入ができず、卓立建設に対する請負代金の支払がなされていないことを挙げていた。

(四) 被告茂は、卓立建設が、専らマージン稼ぎを目的としたいわゆるペーパーカンパニーであって、全く資産を有しないことが分かったため、被告太郎に相談のうえ、被告太郎に委任して、本件仮差押の申請をしたものであるが、右申請をなすにあたって、原告側と接触したことは全くなく、原告の経営状態や銀行関係などについても、自ら、調査したようなことはなく、専ら、卓立建設の代表者である久木元千穂美から聞いた話を前提としていた。

(五) 被告茂は、前記のとおり、被告太郎を訴訟代理人として、平成四年三月二日、原告に対し、卓立建設に代位して、本件仮差押の被保全権利である同社の原告に対する請負残代金の支払を請求する本案訴訟を提起したところ、原告から、前記合意解除を主張されたため、右合意解除は仮装である、あるいは、卓立建設は、原告のダミーであって、右合意解除を被告茂に対抗することはできないなどの主張をした後(なお、これらの主張は、証拠上、到底、認められないことから、撤回されている。)、被代位債権について、卓立建設は、右合意解除に際し、原告との間で、原告は、残工事を渡辺工務店に発注し、その代金額が、三一〇〇万円から原告が支払済みの一八〇九万円を控除した一二九一万円に満たない場合には、その差額を卓立建設に支払う旨を合意したから、精算金支払請求権を有するとして、その主張を変更したが、当裁判所は、平成五年三月一一日、被告茂の主張するような合意の存在を認めるに足りる証拠はなく、また、原告は、残工事を丸善土地開発に請け負わせて、その代金として、少なくとも、一三一四万五三〇〇円を支払っているから、卓立建設が、原告に対して、右精算金支払請求権を有しているとは認められないと判断して、請求棄却の判決を言い渡し、右判決は、確定した。

(六) また、被告茂は、前記のとおり、原告から、本件仮差押について異議申立を受け、当裁判所は、平成五年三月二九日、原告の前記合意解除の主張を認め、本件仮差押の被保全権利は存在しないとして、本件仮差押決定を取り消し、被告茂の本件仮差押命令申立てを却下する旨の決定をなし、右決定は、確定した。

2 ところで、仮差押命令が、その被保全権利が存在しないために、当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮差押申請人が、右の点について故意または過失のあったときは、右申請人は、民法七〇九条により、被申請人がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮差押命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは、本案訴訟において仮差押申請人敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のない限り、右申請人において過失があったものと推定するのが相当である。

3 これを本件についてみると、右1認定の事実関係の下においては、本件仮差押申請人である被告茂及び被告茂から委任を受けてその訴訟代理人として本件仮差押を申請した被告太郎には、特段の事情のない限り、過失があったものと推定すべきであり、かつ、本件全証拠によっても、被告らの過失の推定を覆すに足りる特段の事情の存在を認めることはできない。

すなわち、被告らにおいて、本件仮差押の申請にあたって、事前調査を十分に行っていれば、原告と卓立建設との間の請負契約が既に合意解除されていることを容易に認識し得たはずであり(なお、原告から、本件仮差押登記後、まもなく、被告太郎に対し、卓立建設の原告に対する請負代金債権が、合意解除により、発生しないことに確定している旨の通知がなされ、右合意書のコピーも、別途、送付されている。)、精算金支払請求権の存否についても、久木元は、右請求権を有することを主張してはいるものの、甲第八号証の合意書の記載からは、そのような趣旨を読み取ることはできないし、また、原告が、残工事を発注したのは、丸善土地開発であり、再発注工事代金額は、一三一四万五三〇〇円であって、これらの事情も、現場を確認したり、同社に照会するなどすれば、容易に知り得た事柄であり、仮差押の密行性の要請を考慮しても、右の程度の事前調査義務は、当然、肯定すべきものであるから、結局、被告茂は、久木元の言い分を、被告太郎は、被告茂の言い分をいわば鵜のみにしたものといわざるを得ず、被告らにおいて、本件仮差押の被保全権利が存在するものと信じ、本件仮差押決定を得て、これを執行したことについて、相当の事由があったものとは到底認められない。

4 したがって、被告らは、共同不法行為に基づき、原告に対し、本件仮差押によって被った損害を賠償する義務があるというべきである。

二  争点2について

1 《証拠略》によれば、本件建物と目録四の建物の建築請負代金の合計(卓立建設と丸善土地開発に支払った請負代金の合計)が、三一二三万五三〇〇円であり、床面積の比率によって、本件建物の建築請負代金相当額を算出すると、一六〇一万五九〇三円となり、これに、本件土地の購入代金一〇六九万六四〇〇円を加算すると、二六七一万二三〇三円となること、仮差押の対象となっていなかった目録三及び四の土地、建物は、平成四年六月九日に、二三〇〇万円で売却されていること、本件土地、建物は、平成五年四月二日に、一六〇〇万円で売却されていることが認められる。

2 そうすると、本件土地、建物は、本件仮差押がなければ、目録三及び四の土地、建物と同時期に、その投下資本の額二六七一万二三〇三円を下回らない代金額で売却された蓋然性が高いというべきであるから、原告は、本件土地、建物が現実に売却された平成五年四月二日までの二九七日間、右金額に対する資金運用を妨げられたことになり、これを、民法所定の年五分の割合により算出すると、一〇八万六七八八円となるが(一円未満切捨て)、右金額が、被告らの本件仮差押の申請、執行という不法行為と相当因果関係のある損害ということができる。

3 原告は、更に、本件土地、建物の価額が著しく下落したことによる損害を請求するが、これは、いわゆるバブル崩壊による予見できない特別損害にあたるというべきであるから(公知の事実)、失当であるといわなければならない。

(裁判官 村田鋭治)

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